しかし、泉佐野市内のタオル製造産地では、社会のそうした動向に反するような形の大きな出来事が1998年に起こります。それは環境省によって同年に実施された全国河川水質調査において泉佐野市内に流れる二級河川「樫井川」が日本一汚れた河川「日本ワーストワンの河川」としての調査結果がまとめられ、地域新聞が一斉に報じられました。そうした事件は、泉佐野市内の小学生をはじめとする住民が、地元の河川汚染という環境問題に対し関心を強める大きなきっかけとなりました。
こうした結果を踏まえ、泉佐野市(行政)は同市の特産品であるタオルの製造を行うタオル産業に対する対策を進めました。比較的工場水量が多い染工場には、下水を通すなどの処置を講じました。また泉佐野市のタオル産業では、平成の初期あたりから日本の政府開発援助(通称ODA)による近隣アジア諸国への産業人材育成支援や技術移転が積極的に進められ、泉佐野市でもタオル製造技術を持って中国へ投資しするタオル会社が増加し、また工場を移転させていく動きも活発となりました。そのような投資によって生み出された国産タオルと同レベルの品質を持つ安価なタオルが中国で大量に生産されるようになりました。日本の技術で生み出される安価な中国産タオルは、その後日本市場に持ち込まれ、国内に残ったタオル産業は忽ち市場を奪われ衰退への急降下を始めます。分業体制が構築されていた泉佐野市のタオル産地では、ドミノ倒しのように廃業する会社が増加し、ピーク時に1000社以上存在していたタオル関連会社は、2020年には80社を切っている状況にあります。そうした産業における変化が、地域の自然環境にも変化を与え、現在の樫井川における水質は全国ワーストワンレベルから改善が進み、汚染レベルは減少しています。これは、環境汚染を引き起こす産業が衰退したことによって環境ダメージが軽量化されたことによる、汚染レベルの減少であり、全く汚染されなくなったわけではないということは言うまでもありません。農業からの農薬や化学肥料等の石油由来の化学物質や、家庭から排水される石油由来の化学物質(合成洗剤や柔軟剤など)。また、様々な工場から排水される石油由来の化学物質が凝縮された工場廃水などが、日々用水路を通って樫井川に流されている状況は何一つ変わっていません。
泉佐野市(行政)も、これから開発が行われる地域では下水を整備する計画をたて、また極めて環境汚染リスクが高い施設や工場等が建設される産業エリアには下水整備が行われます。しかし農地が多い調整区域では、下水整備の計画すら立てられないという状況は、河川汚染が起きた後も変化は見られません。まさに、そうした条件が当てはまる私達の地元「上之郷」エリアでは、下水が整備される可能性はゼロに等しい状況です。農地が多い調整区域、そして下水整備計画が立てられない、まさに行政に見放された上之郷であることを理解し、そうした地域のリスクに目を逸らさず向き合えたからこそ、私たちはそうした環境下での理想形の実現を目指せたのだと感じています。また、そこへ辿り着くための知識を身に付け、独自の研究と技術開発を進めることができたと実感しています。