単一素材を追究する「ものづくり」

単一素材を追究する「ものづくり」

第一章 はじまり と きっかけ

「普通のタオル屋では、もうダメだ。」そのように感じ始めた1990年代後半に、ふと学生時代に旅したアフリカの地を思い出した。1996年に約15年ぶりにアフリカへ出向き、「アフリカの風にあたった。」15年前、当時学生の頃にあたったアフリカの風は全く変わっていなかった。私にとってアフリカの風は、何かを決断するための決意を固めさせてくれる「かけがえのないモノ」。「人生を変える大きな存在なのだ。」

2004年に再びタンザニアへ飛んだ。
目的は、ナショナルパーク(国立自然保護区)の周辺で栽培されているコットンを一目見るためだった。そこで見た光景は、学生時代に初めてアフリカを訪れナショナルパークを3か月間堪能し、帰国後作成した卒業論文に込めたアフリカの国立自然保護区の環境をどのように守っていくべきかという私の心の底にしまっていた想いを、再燃させた。しかし、帰国後は普段通りの仕事に追われる日々。その中で、アフリカで再燃した想いは、すぐに冷却されていった。その頃、私は学生時代のアフリカ旅の中で出会っていたジャーナリストの友人と連絡を取り合っていた。ジャーナリストを続けていた彼は、私に「ウガンダっていうところで頑張っている日本人がいる。彼には会っておいた方がいい。」ある日私に、そうアドバイスした。私は、彼のアドバイスが数日間頭から離れず、ジャーナリストの友人に「足代を出すから、その日本人に一緒に会いに行って欲しい。」そう頼み込んだ。すぐにウガンダへ発つ日が決まり、再び私は、アフリカへの想いが再燃。高まる期待を抑えつつ関空から出国した。ウガンダへの入国は初。ウガンダでオーガニックコットンを栽培し、ウガンダ国内での最終製品化を実現した日本人「柏田雄一氏(かしわだ ゆういち)」と会う事がメインとしていた旅だったが、ジャーナリストの友人の案内のもとでケニア・タンザニア・ジンバブエ・モザンビーク・スーダンなどの国も回る計画を立てていた。

私は、ウガンダ共和国唯一の国際空港であるエンテベ国際空港に人生初めて降り立った後に、すぐに柏田雄一氏へ連絡を取った。ちょうど午後2時を過ぎたあたりだったが、柏田氏から「長時間のフライトに疲れただろ。昼飯はまだか。まずは飯でも食いに行こう。」そう誘われた。私たちは、柏田氏の心遣いに甘え、飯を食いに出て会社見学を後にした。柏田氏は「ウガンダのビールは旨いから、飲んでみなさい。」とすぐにビールを注文してくれた。出されたビールの味に驚きながら、柏田氏がウガンダ共和国で長年取り組んできた綿産業開発の話をじっくり聞かせて頂いた。柏田氏の話は歴代大統領の名前や私の創造を超える話がほとんどで、全く話が入って来なかった。すると、柏田氏は「次はおいしいコーヒーを飲みに行こう」とウガンダ共和国コーヒー開発機構の会長が経営しているコーヒーショップに連れて行って頂いた。実は私はコーヒーが苦手だったため、これまでコーヒーを出来るだけ口にしてこなかった。しかし、柏田氏に失礼な態度はとれないということで、柏田氏が進めてくれたコーヒーを少し口に含んでみた。正直驚いた。コーヒーがこんなに旨い飲み物だと感じたことはなかった。私のコーヒーの克服はウガンダで柏田氏に進められて飲んだウガンダコーヒーとなった。

それからようやく、柏田氏と共に帰社し、柏田氏の会社「PHENIX LOGISTICS UGANDA LTD」社の工場見学が始まった。まず驚いたこと。それは、柏田氏の工場で使われる素材が全てウガンダ産オーガニックコットンであるということ。日本では混綿が一般的で、単一綿でものづくりをする企業は、私の知る限りいなかった。日本国内でもオーガニックコットンを使用した製品が作られ始めていたが、生産工場ではオーガニックコットンも普通のコットンも同じ空間、同じ機械で生産されているため、工場内に飛び交う風綿などが混ざり100%のオーガニックといううたい(表現)ができる環境は不可能と思い、オーガニックコットンを使って生産している企業の事を、疑問視していた。しかし、柏田氏の工場ではウガンダオーガニックコットンしか存在せず、しかも一貫生産体制で製品化を行っている。そんな光景を目にし、これこそがオーガニックとして心から胸を張れる企業の在り方だと心底感銘を受けた。さらに、柏田氏の工場はフランスの国際認証機関エコサートによるオーガニック認証まで取得していた。日本でも取得している企業がまばらな状況だっただけに、アフリカの地で世界をリードする取り組みをしていた柏田氏の工場には脱帽だった。驚きを隠せずまま工場見学が終了し、柏田氏に最後に手渡された4キロのウガンダオーガニックコットン100%の糸サンプル。

正真正銘のオーガニック素材を手渡され「ホンマモンを作れ」と柏田氏から宿題を預かった私は、ジャーナリストの友人に「この旅で見つけたかったモノは、もう見つかったかもしれない。」と伝え。ウガンダの後に訪れる計画を立てていたジンバブエやスーダンへの計画を全てキャンセルし、タンザニアのコットン農園を再び視察するためタンザニアに向かった。しかし、待っていた光景は前年見た光景とは全く違っていたのだ。「タンザニアのコットンは、今年は前年の25%しか植えられていない」ということを、現地人の案内人から説明を受けた。

タンザニアの視察後、帰国の途に就いた私は帰りの飛行機の中で柏田氏から預かったウガンダオーニックコットン100%の糸サンプルが気になって、中々寝付けず、興奮気味の中で帰国した。